基本
はい,では基本に立ち返りましょう.どうやってリストを初期化したら よいでしょうか?
前回はこうしました:
impl<T> List<T> {
    pub fn new() -> Self {
        List { head: None, tail: None }
    }
}
しかしもはやtailにOptionを使っていません:
> cargo build
error[E0308]: mismatched types
  --> src/fifth.rs:15:34
   |
15 |         List { head: None, tail: None }
   |                                  ^^^^ expected *-ptr, found enum `std::option::Option`
   |
   = note: expected type `*mut fifth::Node<T>`
              found type `std::option::Option<_>`
Optionを使うこともできるにはできますが,Boxと違って*mutはnullになり得ます.つまり
ヌルポインタ最適化の恩恵を受けられないのです.なので,Optionを使う代わりにnullで
Noneを表すことにしましょう.
ではヌルポインタを代入するにはどうすればいいでしょうか?いくつかやり方はありますが,
私はstd::ptr::null_mut()を使うのが好きです.0 as *mut _を使う手もありますが
ちょっと汚く見えます.
use std::ptr;
// defns...
impl<T> List<T> {
    pub fn new() -> Self {
        List { head: None, tail: ptr::null_mut() }
    }
}
cargo build
warning: field is never used: `head`
 --> src/fifth.rs:4:5
  |
4 |     head: Link<T>,
  |     ^^^^^^^^^^^^^
  |
  = note: #[warn(dead_code)] on by default
warning: field is never used: `tail`
 --> src/fifth.rs:5:5
  |
5 |     tail: *mut Node<T>,
  |     ^^^^^^^^^^^^^^^^^^
warning: field is never used: `elem`
  --> src/fifth.rs:11:5
   |
11 |     elem: T,
   |     ^^^^^^^
warning: field is never used: `head`
  --> src/fifth.rs:12:5
   |
12 |     head: Link<T>,
   |     ^^^^^^^^^^^^^
黙ってろコンパイラ,今から使うから.
はい,ではもう一度pushを実装していきましょう.今回は挿入したあとにOption<&mut Node<T>>
を取るのではなく,Boxの中にある*mut Node<T>をそのまま取ります.これがうまくいくのは
Boxを移動しても中身のメモリアドレスは変わらないからですね.もちろんこれは不安全な操作です.
もしBoxをdropしてしまったら私達は解放されたメモリを指すポインタを持つことになります.
どうすれば普通のポインタから生ポインタを作れるのでしょうか?Coercionです! もし変数が生ポインタとして宣言されていれば,普通の参照は生ポインタになることを強制 (Coerce)されます:
let raw_tail: *mut _ = &mut *new_tail;
これで必要なものは揃いました.前回の参照を使ったバージョンとだいたい同じ感じに 書けます:
pub fn push(&mut self, elem: T) {
    let mut new_tail = Box::new(Node {
        elem: elem,
        next: None,
    });
    let raw_tail: *mut _ = &mut *new_tail;
    // .is_nullはnullかどうかをチェックします
    // Noneかどうかをチェックするのと同じ役割です
    if !self.tail.is_null() {
        // もしtailがすでにあれば新しいtailを入れる
        self.tail.next = Some(new_tail);
    } else {
        // そうでなければheadに入れる
        self.head = Some(new_tail);
    }
    self.tail = raw_tail;
}
> cargo build
error[E0609]: no field `next` on type `*mut fifth::Node<T>`
  --> src/fifth.rs:31:23
   |
31 |             self.tail.next = Some(new_tail);
   |             ----------^^^^
   |             |
   |             help: `self.tail` is a raw pointer; try dereferencing it: `(*self.tail).next`
は?Nodeのポインタを持ってるのにnextをとれないの?
Rustは生ポインタを使い出すとちょっと嫌なヤツになります.生ポインタの中身にアクセス するとき,不安全な操作だと言って手動で参照外しをすることを強制してくるのです.では そのようにやってみましょう:
*self.tail.next = Some(new_tail);
> cargo build
error[E0609]: no field `next` on type `*mut fifth::Node<T>`
  --> src/fifth.rs:31:23
   |
31 |             *self.tail.next = Some(new_tail);
   |             -----------^^^^
   |             |
   |             help: `self.tail` is a raw pointer; try dereferencing it: `(*self.tail).next`
うううううオペレータの優先順を考えなくてはいけませんでした.
(*self.tail).next = Some(new_tail);
> cargo build
error[E0133]: dereference of raw pointer is unsafe and requires unsafe function or block
  --> src/fifth.rs:31:13
   |
31 |             (*self.tail).next = Some(new_tail);
   |             ^^^^^^^^^^^^^^^^^ dereference of raw pointer
   |
   = note: raw pointers may be NULL, dangling or unaligned; they can violate aliasing rules and cause data races: all of these are undefined behavior
こんな難しいわけないだろ.
不安全なRustは安全なRustにとってFFIみたいなものだと言ったことを覚えていますか?えっと,
私達はコンパイラにどこでFFIしているか明示する必要があります.方法は二つです.一つ目は
関数全体を不安全にすることで,そうすると関数は不安全なRustに属し,unsafeなところ
からしか呼べなくなります.これはあまり良くありません.私達はリストを使う分には安全に
したいのですから.二つ目は関数内にunsafeブロックを書き,FFIの境界を切ることです.
この場合関数自体は安全なままです.後者でいってみましょう:
pub fn push(&mut self, elem: T) {
    let mut new_tail = Box::new(Node {
        elem: elem,
        next: None,
    });
    let raw_tail: *mut _ = &mut *new_tail;
    // .is_nullはnullかどうかをチェックします
    // Noneかどうかをチェックするのと同じ役割です
    if !self.tail.is_null() {
        // もしtailがすでにあれば新しいtailを入れる
        unsafe {
            (*self.tail).next = Some(new_tail);
        }
    } else {
        // そうでなければheadに入れる
        self.head = Some(new_tail);
    }
    self.tail = raw_tail;
}
> cargo build
warning: field is never used: `elem`
  --> src/fifth.rs:11:5
   |
11 |     elem: T,
   |     ^^^^^^^
   |
   = note: #[warn(dead_code)] on by default
イエーイ!
他のいろんなところでも生ポインタを扱っているのにここしかunsafeにしなくていいのは ちょっとおもしろいですね.何が起こっているのでしょうか?
unsafeのことになるとRustはかなり仕切りたがり屋であるようです.私達は安全なRustのほうが
自信があるので当然できるだけそっちを使いたいわけですが,Rustはそれを達成するために
不安全な部分が最小になるような境界を注意深く引いてくれるのです.私達が生ポインタを
使っている他の部分はポインタに代入しているか,nullかどうかチェックしているだけである
ことに注目してください.
もし参照を外さないのであれば,生ポインタは完全に安全です.ただ整数を読んだり書いたり しているだけです!生ポインタで問題が起きるのは参照を外すときだけなので,Rustはその 操作だけを不安全だと言い,ほかは安全な操作として扱うのです.
超.衒学的.でも技術的には正しいですね.
しかしこれは興味深い問題を生みます.もしunsafeブロックを区切っても,その中の
状態はunsafeブロックの外部に依存します.もしかしたら関数の外にすら依存するかも
しれません!
わたしはこれをunsafe汚染と呼んでいます.unsafeを使うや否やモジュール全体が
不安全に汚染されてしまうのです.コードの不変性が不安全さを支えて持ちこたえられる
ためには,全てが正しく実装されている必要があります.
この汚染はプライバシーによって食い止められます.私達のモジュール外からはstructの フィールドは操作できないので私達以外の誰もそれらの内部状態を好き勝手することはできません. 私達のAPIをどんなふうに組み合わせも安全であり,かつ外部から操作できる範囲がちゃんと 正しく決められている限り,私達のコードは安全です!そして本当にこれはFFIと何も 変わりません.PythonのライブラリがCを呼び出していようと,安全なインターフェースを 提供している限り誰も気にしません.
ともかくpopにいきましょう.参照をつかうバージョンとほぼ一緒です:
pub fn pop(&mut self) -> Option<T> {
    self.head.take().map(|head| {
        let head = *head;
        self.head = head.next;
        if self.head.is_none() {
            self.tail = ptr::null_mut();
        }
        head.elem
    })
}
またしても安全とはステートフルであることを示すケースに遭遇しました.もしこの関数で
tailのポインタをnullにするのを忘れても,すぐにはなんの問題も現れません.しかし
そのあとpushするとダングリングポインタになっているtailに書き込んでしまいます!
テストしていきましょう:
#[cfg(test)]
mod test {
    use super::List;
    #[test]
    fn basics() {
        let mut list = List::new();
        // 空のリストが動くことを確認
        assert_eq!(list.pop(), None);
        // リストの要素をつめる
        list.push(1);
        list.push(2);
        list.push(3);
        // 普通に要素を削除してみる
        assert_eq!(list.pop(), Some(1));
        assert_eq!(list.pop(), Some(2));
        // 何も壊れてないことを確認するためにもう一回push
        list.push(4);
        list.push(5);
        // 普通に要素を削除してみる
        assert_eq!(list.pop(), Some(3));
        assert_eq!(list.pop(), Some(4));
        // リストを出し切ったとき
        assert_eq!(list.pop(), Some(5));
        assert_eq!(list.pop(), None);
        // リストを出し切ってもポインタが破壊されてないことを確認
        list.push(6);
        list.push(7);
        // 普通に要素を削除してみる
        assert_eq!(list.pop(), Some(6));
        assert_eq!(list.pop(), Some(7));
        assert_eq!(list.pop(), None);
    }
}
これはスタックのテストそのままですが,popが逆順に出てくることを期待している点が違います.
また,最後にpopが空振りしたときもポインタが壊れていないか確認するケースを追加しています.
cargo test
     Running target/debug/lists-5c71138492ad4b4a
running 12 tests
test fifth::test::basics ... ok
test first::test::basics ... ok
test fourth::test::basics ... ok
test fourth::test::peek ... ok
test second::test::basics ... ok
test fourth::test::into_iter ... ok
test second::test::into_iter ... ok
test second::test::iter ... ok
test second::test::iter_mut ... ok
test second::test::peek ... ok
test third::test::basics ... ok
test third::test::iter ... ok
test result: ok. 8 passed; 0 failed; 0 ignored; 0 measured
大金星!