IterMut

正直に言います.IterMutは治安が悪いです.この言葉自体が治安悪いですが, IterMutはIterと明らかに同じものです!

意味的にはそうですが,参照の基本に忠実に実装するとIterMutはガチの魔法になり, それに比べればIterは児戯に等しいと言えます.

私達がIterのために実装したIteratorに注目してください:

impl<'a, T> Iterator for Iter<'a, T> {
    type Item = &'a T;

    fn next(&mut self) -> Option<Self::Item> { /* stuff */ }
}

これはこのように書きかえることができます:

impl<'a, T> Iterator for Iter<'a, T> {
    type Item = &'a T;

    fn next<'b>(&'b mut self) -> Option<&'a T> { /* stuff */ }
}

nextの入力のライフタイムと出力のライフタイムの間には何の関係もありません. なぜそんなことを気にするのでしょう?これのおかげでnextを無条件に呼びまくる ことができるからです!

let mut list = List::new();
list.push(1); list.push(2); list.push(3);

let mut iter = list.iter();
let x = iter.next().unwrap();
let y = iter.next().unwrap();
let z = iter.next().unwrap();

いいですね!

共有参照を使うなら間違いなくこれでOKです.共有参照はいくつでも持つことができるからです. しかし可変参照は同時に複数存在できません.

結局安全なコードを使う限り(この言葉の意味はまだ分かりませんが...)IterMutを実装するのは とてつもなく困難なのです.ところが驚くべきことにIterMutは大抵のstructに対し全くもって 安全に実装することができます!

とりあえずIterのコードをコピーしてきて,全部可変にするところから始めましょう:

pub struct IterMut<'a, T> {
    next: Option<&'a mut Node<T>>,
}

impl<T> List<T> {
    pub fn iter_mut(&self) -> IterMut<'_, T> {
        IterMut { next: self.head.as_mut().map(|node| &mut **node) }
    }
}

impl<'a, T> Iterator for IterMut<'a, T> {
    type Item = &'a mut T;

    fn next(&mut self) -> Option<Self::Item> {
        self.next.map(|node| {
            self.next = node.next.as_mut().map(|node| &mut **node);
            &mut node.elem
        })
    }
}
> cargo build
error[E0596]: cannot borrow `self.head` as mutable, as it is behind a `&` reference
  --> src/second.rs:95:25
   |
94 |     pub fn iter_mut(&self) -> IterMut<'_, T> {
   |                     ----- help: consider changing this to be a mutable reference: `&mut self`
95 |         IterMut { next: self.head.as_mut().map(|node| &mut **node) }
   |                         ^^^^^^^^^ `self` is a `&` reference, so the data it refers to cannot be borrowed as mutable

error[E0507]: cannot move out of borrowed content
   --> src/second.rs:103:9
    |
103 |         self.next.map(|node| {
    |         ^^^^^^^^^ cannot move out of borrowed content

この上下のエラーは別々のもののようです.一つ目はどうやって直すか書いてありますし簡単そうですね! 共有参照を可変参照に昇格させることはできないのでiter_mut&mut selfを引数にとらなくては いけません.ただのコピペミスですね.

pub fn iter_mut(&mut self) -> IterMut<'_, T> {
    IterMut { next: self.head.as_mut().map(|node| &mut **node) }
}

もう一つのエラーはなんでしょうか?

おっと!前章のiterのコードにバグがあったものの,幸いにも動いていたようです!

私達はCopyの魔法を初めて目の当たりにしています.私達が所有権を使い始めたとき, ムーブされてしまったものは使えないと言いました.幾つかの型に対しては,これは筋の通った 挙動です.かしこいBoxくんはムーブした変数のヒープの割当を2つに増やしたりはしません.

しかし他の型については,この挙動はゴミです.例えば整数はただの数であり,所有権もクソも ありません.そこで,整数型はCopy型のひとつに入れられています.Copy型はビットごとのコピーに よって元通りコピーできる型を指し,ムーブされたときでも元の変数を依然使用できるという強力な 特徴を持っています.同様にCopy型は,mem::replaceなどで代わりを用意しなくても参照から 取り出すことができるのです!

Rustの数値プリミティブ型(i32, u64, bool, f32, char, などなど)はCopy型です. 他の型も,構成要素が全てCopy型である限りCopy型にすることができます.

なぜIterのコードが動いていたかといえば,共有参照もCopy型だからです.そして&がCopy型なので Option<&>もCopy型です.そしてself.next.mapしたとき,Optionがコピーされるので 今回私達が出会ったエラーは出なかったというわけです.しかし今回はCopy型ではない&mutを 使っているため(もし&mutをコピーできたら同じメモリアドレスに2つの&mutを持つことになって しまいます),takeでOptionの中身を取らないといけません.

fn next(&mut self) -> Option<Self::Item> {
    self.next.take().map(|node| {
        self.next = node.next.as_mut().map(|node| &mut **node);
        &mut node.elem
    })
}
> cargo build

えー...と,やりました!IterMutができました!

テストしてみましょう:

#[test]
fn iter_mut() {
    let mut list = List::new();
    list.push(1); list.push(2); list.push(3);

    let mut iter = list.iter_mut();
    assert_eq!(iter.next(), Some(&mut 3));
    assert_eq!(iter.next(), Some(&mut 2));
    assert_eq!(iter.next(), Some(&mut 1));
}
> cargo test

     Running target/debug/lists-5c71138492ad4b4a

running 6 tests
test first::test::basics ... ok
test second::test::basics ... ok
test second::test::iter_mut ... ok
test second::test::into_iter ... ok
test second::test::iter ... ok
test second::test::peek ... ok

test result: ok. 7 passed; 0 failed; 0 ignored; 0 measured

やった.うごいてますね.

マジか.

どういうことなの...

いや、ちゃんと動くように実装してはいましたよ.でもいつも何かに邪魔されるんです! ひとつはっきりさせておきましょう:

片方向連結リストの要素をひとつずつ,その可変参照を取得するコードを実装しました.そして それが動くことも確認しました.コードは安全です.なにも治安の悪いことをしてません.

私に言わせれば,これは結構すごいことです.うまく行った理由はいくつかあります:

  • 私達はOption<&mut>takeしたので,排他的な可変参照を得ることができました. これによって複数回参照される心配はなくなりました.
  • Rustは,可変参照であるstructのフィールドを切り離しても大丈夫なことをわかっています. 切り離されたフィールドから親をたどる手段がないからです.

これらの事実から,今回IterMutを実装した設計を流用して安全な配列やツリーも実装できる 事がわかります!イテレータを双方向にして前と後ろから同時にイテレートすることすらできます!すごい!